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L'ampleur

Kyoto-Karasuma kimono diary

Marie Luise Kashunitz

2008-10-07-Tue-00:03
六月半ばの真昼どき―カシュニッツ短篇集六月半ばの真昼どき―カシュニッツ短篇集
(1994/01)
マリー・ルイーゼ カシュニッツ

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ドイツの作家、マリー・ルイーゼ カシュニッツ(Marie Luise Kashunitz )の短編集を読む。
初めて手に取る作家、だと思っていたら巻頭の「でぶ」、そして「幽霊」はドイツの怪談アンソロジーで既読だった。この二作品から受けた印象は薄く、特に「でぶ」の予定調和な展開はなんだか尻すぼみだな、とさえ思っていた。
ところが、いざ読み始めるとまさに短編こそカシュニッツさんの領域。シンプルな文体だけれど匂いと緊張感に満ちていて、後にラジオドラマにもなったという「雪どけ」あたり、長い人生の物語をたった二人の登場人物と「窓枠」で描く、あの臨場感がすごい。結婚後も昔の恋人を探し続けていた妻と、その枕にたつ夫の生霊が語り合う「白熊」、餓死した裕福な狂女の肖像画と出世にしか興味の無い青年が一夜を過ごす「いつかあるとき」、ここにも居たくない、どこへも行きたくないという儚い女性の魂を乗せる「船旅」、などは幻想怪奇短編としてグッとくるし、肉体的痛みを感じなくなってゆく女性の世界を日記文体で綴る「火中の足」は、ものすごく「怖い」文章だ。シュールでもミステリでも無く当然分類上は「自然抒情派」となるのだろうが、ある日ふと人間の内面に訪れる変化をテーマとして書かれる作品たちはいやがおうにも怪奇・幻想の種を持つ。ラジオ作家としても活躍していた彼女の音声表現に長けたモダンな文章とクラッシックな題材とのバランスも魅力的。一方で、時として子供よりもその関係を優先させたという夫との想い出を綴った「道」には、もう愛が満ち満ち溢れていてホロリと来てしまう。
あまり本を読まない私には、ドイツ作家といへば「ケストナー」あたりしか思い浮かばないのだが、ケストナー作品とおなじく、長い人生のなか、ふとした折に度々再会したいと思う一冊です。
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陽気なる魂 エリザベス・ボウエン 2

2008-09-01-Mon-00:01
mumanoie opcbook080831
「猫は跳ぶ」を返しに行ったついでに勢いで借りる「怪奇小説の世紀 第一巻 夢魔の家」 こんな本を出しているのはやっぱり国書刊行会です。

The Cheery Soul・・・ずばり、じっと味わう孤独の恐怖。

第二次世界大戦中のクリスマス、イギリスのどこか、銃後の町のリーダー的存在、ランガートン-カーニー三兄妹に招待を受けたはず主人公は、何故か三人兄妹のホスト不在のままの屋敷で、

1,イタリアから強制帰国した兄妹の叔母さん、歓待度マイナス100%、、2.去年のイヴに居なくなったはずの料理番(死んでいる)の残した生々しくてこわーい置手紙、3.ランガートン-カーニー三兄妹スパイ容疑で?やってくる警官、警官がやってくるやいなや主人公もスパイ協力者の扱いで・・・・・「私」を取り巻く状況がすべて不吉で謎めいているという、そんでもってストーリーが不明瞭なまま終わってゆく、置いてけぼり超短編。

ぜひとも読んだ人の感想が効きたい。この訳では女性だとされているけれど、そもそも主人公の性別すら謎、です。読み手は主人公と連動して、「私」以外のモノが全て不明瞭なまま漠然とした孤独の恐怖のなかに取り残されます。この読後感はスゴイ。

『怪奇小説の世紀 第一巻 夢魔の家』 -国書刊行会
【収録作品】
解説:怪奇小説の黄金時代 西崎憲

ヴィンセント・オサリヴァン 「火宅」
ヨナス・リー 「岩のひきだし」
W・F・ハーヴィー 「旅行時計」
エドワード・ルーカス・ホワイト 「夢魔の家」
M・P・シール 「花嫁」
A・M・バレイジ 「違う駅」
ヴァーノン・リー 「人形」
マージョリー・ボウエン 「フローレンス・フラナリー」
H・R・ウエイクフィールド 「湿ったシーツ」
A・N・L・マンビー 「戦利品」
E・F・ベンスン 「アルフレッド・ワダムの絞首刑」
エリザベス・ボウエン 「陽気なる魂」
解説:怪奇小説の黄金時代 西崎憲

怖さ度では、August Heatで有名なWilliam.F.harvey「旅行時計」がいちばん。

猫は跳ぶ

2008-08-30-Sat-22:50
Elizabeth Dorothea Cole Bowen(1899-1973)
アングロ・アイリッシュの女性作家、Elizabeth Bowenの短編「The Cat Jumps」を読む。

DSC04118.jpg
はじめて読む、エリザベス・ボウエン。前から気になっていたものの図書館で探すのが億劫で、やっとオムニバスから入門。福武文庫の『イギリス怪奇傑作集 猫は跳ぶ』。

初出は1934年のアンソロジー、The Cat Jumps and Other Stories。

過去に殺人事件のあった屋敷の値段の安さに嬉々として転居する夫婦、新居祝いに集まった友人たちとの会食がいつしか奇妙な空気に包まれて・・・。
隣に人が居るから恐ろしい、サイコロジカル・ホラー。

屋敷で何が起きたのか。過去の殺人事件については小説に(怪奇小説に)ありがちな説明段落もなく、ただ「空気読めない」友人の口からポロポロとこぼれ出る謎めいたうわさ話が繰り返されます。夜更けとともにエスカレートしてゆく「殺人者のうわさ」と初めも終わりも分からぬぼんやりとした恐怖。
ボウエンの作品は、読み手を恐怖と興奮の中に取り残してぴっちりとその扉を閉ざします。


ところで私は一息読んで、「ほんで猫は?」と思ったのですが(猫はあくまでも修辞としてのみ登場するばかり)、これは『See which way the cat jumps.(日より見する)』などのイギリスの慣用表現で「情勢を見る、大勢が決する」とゆうことのようです。 そんなこと知らんがな、と思いつつも知らないゆえにこの「猫は跳ぶ」ってゆうタイトルがより怪奇短編にふさわしい締まったものに感じられました。

締まっているといえば、訳者も冴えているのか、書き出し、結びがとても印象的。簡潔なんだけど、ぐっと持ってかれる。まるで数学の練習問題に出てくる、クリアな線で描かれた複合図形を見ているような気持ちになりました。


・・・・食卓を囲んだ全員の知的な顔になが・・・・・たとえば明確さのようなものが・・・・・・欠けていた。溶鉱炉の火に一瞬さらされた蝋人形の顔のようだった。暗い秘密の洞穴から出てくるような声。不信任票を投げつけあうような会話。だれもがある種の人格破壊に襲われたかのようだった。

・・・・そういえば電球に煙のような薄い幕がかかったかのようにぼやけていることに全員が気付いていた。明かりが薄らいでいってひとつひとつのランプがぼやっとしたオーロラの魂のように見えた。自分の気のせいだと思ってだれも言い出さなかったのだ。
「電気ってのは変なもんだね」とハロルドがいった。
うなずいたのはカターレットだけだった。


そんなこんなの中で、登場人物たちによってとりとめなく繰り出される「」の言葉が絡み合って、じんわりと終わりのない恐怖が体の中に忍び込んできます。幽霊が出てくるわけではなく、それでもってシャイニングのような狂気のおっかけっこでも無く。とゆうわけで、ネタバレのしようも無く・・・。

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ちなみにこのアンソロジーは、旺文社文庫の選集『夜光死体』の再編集版のため、猫までの道のりは・・・コナン・ドイル「革の漏斗」、「故エルヴィシャム氏の物語」H・G・ウエルズと王道をゆき、「ある古衣の物語」の古典的恐怖の洗礼を受けることになります。
最後に収録された、「月に撃たれて」ではスイスの山奥に、レンズ狂魔界が登場。作品全体に漂う遣る瀬無さがまさに乱歩、でした。

昔のミステリー作家は短編がシブイ、と思うけれど、突き刺さるような心理描写と一種の幻想小説的スパイスも効いたエリザベス・ボウエン、長編が読みたい。ついでにこのビミョーな感じを是非原文でも読みたいな。

ゾーッとスーッと

2008-06-09-Mon-22:58


びっくり。
キリキリ回れば、紅白だんだら染めのコマだ。
のたうち回れば、今度は断末魔のナガムシだ。
の、
「火星の運河」が映画になっていた。

乱歩ムービーといへば、
実相寺昭雄の吐きそうになるやつ(縄で縛ったり)とか
だだ暗い「押繪と旅する男」とか
ドライフラワーのような「人間椅子」とか「人でなしの恋」とか
暗黒舞踏、恐怖人間とか。
映画だから、とりあえず原作とは別世界なものばかっかり観ていたけれど

「乱歩地獄」は、活字の乱歩好きにうれしい、ひさしぶりな小説風作品。
一作一作の短編集。
オシャレ(!)な「芋虫」とか、
生きたまま発見されてよかった柾木愛造とか。

やっぱり気持ち悪い実相寺作品も短い中で
しっかりドラマしている。和鏡ってすごい。


それはそうと
今朝、NHKニュースで見たバオバブの蜂蜜がとっても気になる。

吸血鬼 (書物の王国)

2008-01-27-Sun-00:13
吸血鬼小説にハマるついでに、買いました。
吸血鬼 (書物の王国) 吸血鬼 (書物の王国)
エドガー ポオ (1998/11)
国書刊行会
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ポオの抜歯のお話「ベレニス」。
テオフィル・ゴーティェのゴシック・ロマン『クラリモンド』は
やっぱりゴシックらしく前半みっしり、結はあっさり。
物語の展開よりも、情慾の凄さが描写だけで伝わる傑作。

はじめて読んだシュトローブルの「刺絡」(森鴎外訳)。

後半に載っている下楠昌哉の「アイリッシュ・ヴァンパイア」という
ケルト伝承とブラム・ストーカーの「ドラキュラ」の構成の関わりに
ついて書かれた文章も面白かった。

日本人作家による吸血小説は、いまいち私の求める情緒に欠けます。
吸血鬼はゴシックに在り、というのではなく
吸血鬼の舞台は欧米にあり、なのです。
取りあえずレスタトなのです。

死を不自然なもの、人間に対する悪の攻撃と考える
ロマ族の思想のように、とにかく吸血鬼は悪いこと尽くしです。
一見、日本人的には全く怖く無いし、
土葬の感じも、吸血嗜好の人の気持ちも想像出来ないのだけれど。

やっぱりブックマークも雰囲気が出るように、
妖気漂う古賀春江の「深海の情景」を愛用しています。
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